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2010-06

強烈な場の力 シルスタニ遺跡(ペルー) - 2010.06.30 Wed

場の力3 シルスタニ遺跡(ペルー)
 バスはアンデス山脈に沿って,3000mを超える高度が続く道路を,チチカカ湖沿岸の街プーノに向かって進んで行く.
 途中,シルスタニ遺跡を訪れた.標高4000mである.バスの乗客の一人は,体調を壊し,ふもとの病院へ向かった.まわりにも不調を訴えるものが多い.高山病である.

 この高度になると樹木がほとんどなく,別の天体にでもいるような錯覚にとらわれる.
 遺跡は,円筒形の石組の塔のようになった墓,あるいは,高さの低い石のサークルが残っており,円環の中心部にはパワーがあるということか,多くの人が集まっている.(写真はクリックで拡大)環状遺跡


 たしかに強力なねじれのような力を感じた.酸素が薄いせいかもしれない.ここへ死体を置いていけば,自然にミイラ化するであろう.死が近い人も置かれたかもしれない.
 この場の力は強烈である.そして,負の方向の力ではないだろうか.全てをリセットするような方向の力である.現世とは異なる次元のものであろう.

 シルスタニ遺跡はウマヨ湖と接している.一体といってもよい.遺跡はおもに丘の上にあるが,その下のウマヨ湖の中に突き出たように存在する船着き場のような遺跡については,サイエンス誌でいろいろ論じられていた.該当する号を紛失したため詳細は分からないが,使用目的は確定していないようだ.葬祭のための施設であるとか,特殊な植物を栽培していたのではないかという説もある.(写真はクリックで拡大)ウマヨ湖


 死者を送る彩色され花で満たされた小舟が,多くの葬列の舟を伴ってここに着き,そして華やかな行列が丘の上の墓地へ向かう光景を,いつか見たような気がするのは酸欠のせいばかりでもなかろう.

時間の痕跡;二人で修学旅行 - 2010.06.22 Tue

 小学6年生のおわりに祖父と旅に出たことを,突然思い出した.転校のため修学旅行に行けなかったので,その代わりだ.50年前なので,むろん鉄道旅行である.

 はじめに安土城跡をおとずれた.今の安土城周辺は,発掘調査が進み,博物館ができるなど,たいへん見どころのある場所に変わっているが,当時は,なにもない山の上にすこし掘り下げた平地があり,石が並んでいるだけだった.有名な城なので期待していたが,荒廃した状況を見て,ひどく落胆したことを覚えている.

 

 つぎに比叡山延暦寺へ行った.交通手段の記憶はない.弁慶が担ぎあげた鐘を納めた御堂とか,牛若丸が烏天狗と剣術の修行を行っていた杉林は,ここだといった怪しげな説明だけを覚えている.しかし,根本中堂で手を合わせた記憶がまったくない.

 最後は桃山御陵だった.しかし,なぜ桃山御陵なのか.京都への修学旅行の定番とは違いすぎる.しかも,
 焼き討ちにあった比叡山と信長の安土城は結びつくが,桃山御陵だけが異質である.桃山御陵は明治天皇の陵墓である.時代が違いすぎる.


 桃山御陵駅の近くの宿に泊まった.あとから思うといわゆる商人宿である.祖父は竹取の翁で,花器に加工するのに適した竹を仕入れることを生業としていた.戦前には,台湾まで竹を探しにいったと聞いている.したがって,良い竹の取れる京都周辺には詳しいはずなので,穴場的な宿を知っていてもおかしくない.それが,たまたま桃山御陵近くの宿だったのか.祖父は旅行から3年後に死去したので,確認のしようもない.

 宮内庁のHPを見て謎が解けた.

桃山御陵は,秀吉の伏見城の上に造営されているのだ.ペルーのキリスト教会がインカ帝国の神殿の上に建てられているのと似ている.
つまり,
 信長により焼き討ちにあった比叡山⇒本能寺の変のあと焼失した安土城⇒秀吉の死に場所である伏見城(徳川方が居たため石田勢に焼かれる)ということで,ごくせまい期間の歴史の流れを追っていたのだ.
 なお,現在の観光用の伏見桃山城は,秀吉の時代とは異なる場所に建っていることは,ご承知のとおりである.
関連ホームページ
安土城
比叡山
桃山御陵

時の力 時間軸上の痕跡を求めて - 2010.06.17 Thu

“場の力 時の力”というタイトルについて話します.
 場の力とは,その場所に立つと感じるやすらぎとか,清らかで明るい気分などが人に影響を及ぼすことを指します.スポットではなく,一定の広さを持った領域全体で感じるものです.(大気・水質・騒音などの環境+景観+α)今後,私自身が感じた場の力の強い場所を紹介していきます.不思議ですが,そういった場所は,同じように感じる人も多いようです.

 一方,時の力とは,どういう時代に生まれ,いつ何をしたかということで受ける強い影響です.タイムマシンでもないかぎり変えることができません.しかし,戦乱の世で力を発揮する人と,平和な世の中でこそ力を発揮する人がいるように,その人の時代への立ち向かい方によりますので,一概にプラスの影響かマイナスの影響かは言えません.たとえば,団塊の世代は恵まれているという方がいますが,貧困の時代を経験し,また人が多い分,壮絶な競争社会を生きてきたわけです.
 そういった個人史と歴史が絡み合うところにたいへん興味があります.時間軸上の痕跡である遺跡をめぐることで得られるものもあります.

 自分に合った発展段階の国へ向かうのは,時の力の数少ない修正手段の一つです.マチュピチュのグッバイボーイ
写真は,マチュピチュで,バスよりも早く駆け下りてチップを稼ぐグッバイボーイです.彼も,今は二十歳前後でしょう.(本文と直接関係ない)

 時の力を活かした人の例を紹介します.関西の某大学のS教授は,私と同じ民間会社の社員から教授になったのですが,酒の席で,40歳前後は一番仕事ができる時期だからがんばると言っていたのが記憶に残っています.こちらは日々の課題解決に追われて,そのような長期的な展望は持てませんでした.彼には,若くして彼の一生が見えていたように思います.今になってみるとすごく不思議です.彼は時の力を知っていたのです.ネパールの人に英会話のレッスンを受けていて,かれらの考え方が勉強になるといっていたのがヒントかもしれません.

マチュピチュは高野山だ2 - 2010.06.09 Wed

<マチュピチュは高野山だ その2>  マチュピチュに着いて驚いたのは,眼前に迫るワイナ・ピチュの鋭く尖った山容である(写真中央の山,クリックで拡大).マチュピチュ建設の目的については,諸説あるそうだが,わたしは,この山に鍵があるのではないかと感じた.
 日本的な感覚では,この山の神々しいかたち,あるいは,山に生じるなんらかの自然現象に対して,拝みたくなる気持ちをいだくことは,ごく自然だと思う.さして標高差は無いが,急峻なことと,マチュピチュとの距離が近いことから,写真でみるよりも存在感が大きい.
 山奥に信仰のための街が築かれている点では,高野山も同じである.高野山の地下には,水銀の鉱脈があるそうだが,マチュピチュあるいは,ワイナ・ピチュの地下に金鉱脈かなにかあるかもしれない. マチュピチュの中のスポット的な紹介は,また後日にさせていただきます.
ワイナ・ピチュとマチュピチュ

マチュピチュは高野山だ1 - 2010.06.07 Mon

ペルーの駅にて 

2000年にペルーへ行った.もちろんマチュピチュも訪れた.クスコから鉄道でウルバンバ川沿岸の熱帯林の中を進むのであるが,3000m級の森林境界線よりも高い地点を経験したあとだったので,標高の低い地点での長時間の鉄道の旅は,むしろ快適であった.(写真はクリックで拡大できます)
 マチュピチュのふもとの駅の周辺は,門前町のように賑わっており,その時点で,神秘的な遺跡というイメージがやや崩れはじめた.そこからバスで山頂のマチュピチュに向かう.(つづく)

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愛知県尾張東部在住. 宗教的なものではありませんが,場所の持つ力に関心があります.また,ものごとの起きるタイミングという意味での時の力にも関心があります.そのほか,落語,オーディオは,子供のころからの趣味です.

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